「平和の福音を告げる準備を履物としなさい」エフェソの信徒への手紙6章15節

新しい年を迎えました。聖愛幼稚園で過ごす子どもたちの上に、ご家庭の上に主イエスにある安らぎ、恵みが豊かにあり、ご健康が守られますよう心からお祈り申し上げます。

さて、皆さん、ご存知かと思いますが、滋賀県にあります止揚学園という、知能に重い障がいを持つ子どもたちの施設があります。この学園は福井達雨さんという牧師であり教育者が小さくされている一人の存在、その一人の人こそ、主イエスであると心から信じて、共に歩む生活をなしてきた学園です。その学園の一人の子どもが、“平和って何だろう”と皆で話し合っていた時、こう言ったそうです。

「平和ってな、みんなで一緒にごはん食べることやもん。」

これを超える平和についての定義を言うことは難しいと、ある人が言っていますが、その通りだと感じ、思います。一緒に食卓を囲んで、ごはんを食べる。それは当り前のようですが、何にもまさる平和な風景ではないでしょうか。

昨今はコンビニ、ファーストフードといった個食(孤食)および外食のできる環境が身近にあります。私たちはその恩恵にあずかっているわけですが、しかし、その反面、すぐに手に取って食することができ、別の形で作られたものを食することによって、関係性の希薄を生じさせる食事形態が多くあります。

例えば、家族が食事を作ってくれるのを待ったり、家族の会話の中で「今日のご飯は何」といった会話さえも失いつつある状態が現代社会にあるように思えます。

私たちが、平和について考え、行動する時、その実現のために大切なことは、自分の生かされている場所からだと思います。自らの生かされている場所から平和を造っていこうとすることが最も大きな課題の一つです。平和を造っていくために、私たちはお互いに隣人を尊敬し、隣人に対して感謝の心と喜びの気持ちを持ち、お互いに覚えて祈ることを今年一年も続けていきたいと心から願います。

木村 真彦